ささやかな宴が終わり、男達二人は
静かに縁側で食後のひとときを過ごしていた。
霞がかった半月は、ぼんやりと縁側を照らしていた。
どこからか、沈丁花の香りが漂ってくる。
「旨いな。」
主人がしみじみを酒を味わっている。
隣で胡坐をかいているゾロの手も
ゆっくりと椀を傾ける。
「お前さん、海賊だってな。」
「あぁ。」
「いいのか?」
「何がだ?」
「このままじゃ、あの子とは、いつまでたっても・・・」
座敷の奥を見やって、たしぎのことを言っているのだろう。
「別に、そんなんじゃねぇ。」
「見てりゃ、わかる。」
主人が、バカにするなとばかりに胸を張る。
「オレは別に、どうにかしょうなんてと思ってねぇよ。」
「ほう。」
主人は意味ありげに、眉を上げてみせる。
「それに、大変なのは、オレより、あいつのほうだろ。」
主人が、含んだ酒をゴクリと飲み下す。
「・・・泣かせんな。」
「泣かせてねぇよっ!!!!」
何を言いだすかと思えば!
ゾロは、胸中穏やかでなくなる。
思い当たる節がないとは言えない・・・
「オレの知ったこっちゃねぇ。」
ふんっとそっぽを向いて、
ゾロは湯呑をあおった。
そんな様子を見て、主人は、くくっと笑う。
「いや、悪いな。ついつい、思い出しちまって。」
「なんだ、自分のことかよ。
どんな悪さしたんだよ。じっくり聞くぜ。」
「ばかやろう、人聞きの悪い。」
そう言うと、主人は庭先を眺めながら、語りだした。
******
「へぇ〜!そうなんですか?」
座敷の奥では、女二人の話に花が咲く。
「あの人達も、楽しそうにしてるみたいだし、
こっちはこっちで、楽しみましょうか。」
そう言って、細君が出してきたのは
桜餅だった。
「あぁ〜!おいしそう!」
「でしょ〜。ふふふ、道明寺もあるわよ。」
「あ、私お茶いれますね。」
たしぎは、急須と湯呑を取り出した。
*******
「あいつは、もともと藩主の側近の一人娘だった。
俺の師匠が代々、あいつの家に手入れした刀を納めてた。
俺は、使いとして屋敷に出入りしてるうちに、まぁ、
なんとなくよ・・・」
「手出したのか?!」
ゾロがからかい半分に聞く。
「うるせぇ。」
横をむきながらも、主人の回想は続く。
「はなっから、どうにかなるなんて思ってもなかった。
身分の違いってもんよ。」
黙って隣で頷くゾロの眼に主人の柔らかな笑みが映る。
「あいつは、何もかも捨てて一緒に逃げようって、あの日・・・」
「逃げたのか?」
「あぁ・・・でもな、すぐに見つかってしまった。
そりゃ、そうだ、相手は何十人と追っ手を差し向けてきたからな。」
ゾロは、主人を見つめ、その先を待った。
にっと笑う主人に、ゾロは眉を上げ、尋ねる。
「どんな大立ち回りしでかしたんだよ!」
「俺じゃねぇ、あいつだよ。」
顎で座敷の奥にいる細君を指し示す。
「俺と追っ手の間に立ちはだかると、こう、両手を広げて、
啖呵きりやがった。」
「この人を捕らえるなら、自分を斬ってから進みなさい!ってな。」
へえっと、ゾロは奥の細君をチラッと見る。
とてもそんな風には、見えないがな。
「俺は、そん時、思ったよ。
こいつの真っ直ぐな想いを受け止めてやんなきゃ、男じゃねぇ。
腹を括ったよ。」
一気に話して、喉が渇いたのか、
主人はぐいっと酒をあおると、
空になった茶碗を、ゾロに向かって差し出す。
「とんだ、押しかけ女房だな。」
「あぁ。」
笑いながら酒を注ぐゾロに、主人も笑みを返す。
**********
「ええ!?それで、どうしたんですか?」
座敷の奥でも、細君の話す二人の馴れ初めに
たしぎは耳を傾けていた。
「もうダメかと思ったわ。二人とも丸腰で、
私、あの人が刀を振るうところなんて、見たこともなかったもの。」
かたずをのんで見守るたしぎ。
くすっと笑みを漏らすと細君は
縁側に居る主人の後ろ姿を見つめながら語りだす。
「初めて見た。あの人の、あんな顔・・・」
「つ、強かったんですか?」
たしぎは、息を呑む。
「滅茶苦茶、強かった。ほんと、驚いたわ。」
「へええ〜〜!ご主人、秘密にしてたんですか?剣が強いってこと。」
「いいえ。」
細君は首を振って、少し俯く。
「代々、研ぎ師は刀使いであらねばならぬけど、
それを示しちゃいけないという教えだったの。
人前で、剣を振るって、相手を傷つけたあの人は、
破門されたわ。」
意外な結末に、たしぎは目を見開いた。
「そうだったんですか・・・」
「私は、あの人から研ぎ師の仕事を奪ってしまったの。」
「でも・・・自分だって、全てを捨ててご主人の元に・・・」
「そうね。」
浮かべた細君の笑みは優しい。
「な〜〜んにも無くなって、二人ぼっち。
顔見合わせて、笑っちゃったわ。」
何と答えていいかわからずに、見つめるたしぎに
笑いかける。
「あら、あなたがそんな顔しないでちょうだい。」
「今、こうやって、研ぎ師としてやってるでしょ。」
言われてみればと、たしぎは安心する。
「破門、解けたんですか?」
「私達が暮らしてたのは、ずっと北のはずれの小さな国。
流されるように旅をして、ここにたどり着いたの。
ここじゃ、なんのしがらみもなく、研ぎ師を続けられたわ。」
「でも、家族と離れて・・・」
「そうね。あの頃、世界の果てまでやって来たと感じてた。
でも、今の時代、ほんの十日ほどの船旅で
行ける距離だってわかったの。」
「じゃあ・・・」
「そうね。最初は手紙で無事を知らせ。
少しずつ、わだかまりも解けて。」
「里帰りできたんですか?」
「えぇ、一度ね。両親には生きているうちに、
また会えるとは思ってなかったから・・・」
思い出すように目を細める。
「もう、十数年も前の話よ。」
細君は、お茶の葉を入れ替え、
新しい茶を湯のみに注いだ。
「自分の気持ちに正直に生きてきた。それだけよ。」
「素敵ですね。」
たしぎは湯呑を持ったまま、呟く。
「生きるのに間違いなんて、ひとつもないのよ。ね、たしぎさん。」
ふと顔をあげれば、にっこりと微笑む細君と眼が合った。
「大丈夫よ。」
言われてたしぎは、視線を落としお茶をすすった。
何と答えていいかわからない。
自分の心内を見透かされたようだった。
ロロノアのこと、海軍のこと・・・
いつも、私の心は揺れている。
「・・・ありがとうございます。」
それでも、たしぎは背中を押されたような気がして、
胸が熱くなった。
<続>